人生何が起こるかわからない。何が正解かもわからない。終わったと時に、この選択は正しかったんだと思うかもしれない。
全国公で引退しました4回生の高辻です。
僕は高校1年まで、野球やってました。
野球ってお金かかるんです。3万のユニフォーム、2万の練習着、2万のバット、2万のバック、4万のグローブ、3万のスパイク。スパイクの裏の金属がすり減ったら買い替えるし、練習着破れたら買い替える、バッティンググローブも素振りのしすぎでよく破れます。
甲子園では、1試合するのに1000万円のお金が動くらしいです。
朝5時に家を出て、7時から学校で朝練して、授業は時々起きて、授業終わったら20時まで練習して、家帰って、グローブの手入れして、ご飯食べて寝る。
同期といる時間は楽しいけど、試合にはなかなか出られないし、先輩は怖いし、そもそも野球にあまり興味がない。頭丸めてまで、高校野球を続ける熱意はなかった。
高校2年思い切って、野球部を退部した。
いろんな人に、本当に申し訳なかった。
一緒に頑張ってきた同期を裏切り、「野球部忙しいけど、学校生活も頑張れよ!」と言ってくれた英語の先生や数学の先生の声援にも答えられず、何より、毎朝5時までにお弁当を作ってくれて、試合には、当番でお手伝いに来てくれてたお母さんお父さんに本当に申し訳なかった。
思い切って、興味のある水泳部に入ってみた。
せめて、野球部をやめて怠惰な生活を送るのではなく、応援して良かったと思ってもらえるような人間になることが、最低限の恩返しだとおもった。
思えばこれは、5年も前の話。
でもこの出来事と思いが、今でも、僕の原動力になっているんだろう。
もしあの時、野球部をやめていなかったら、中途半端な気持ちで、野球を終え、適当な大学生活を送っていたのかな。
こんなに熱中できる水泳というスポーツに出会えて本当に、よかった。
最初から、野球じゃなく、水泳に出会いたかったとは、思っていない。
むしろ、野球に出会っていなかったら、今生意気で、怠惰な人間になっていたとおもう。野球が今の自分を作ってくれた、そう思う。
野球部って厳しいんです。
「他の生徒の模範となる生徒になれ」入部前、監督さんに言われたことを今でも忘れません。
挨拶、返事は大きく、ハキハキと。先輩方、先生方に会ったら、直立して腰から45度曲げて挨拶してました。
赤点取ったら監督にしばかれ、重い罰則がつきます。授業中居眠りしてたと監督にバレたら重い罰則がつきます。
でも。大きな声での挨拶は気持ちいいです。挨拶返してもらったら、もっと気持ちいいです。時間のない中勉強する術もつきました。根性もつきました。応援してくれるありがたさも知りました。
ほぼ全ては、高校野球の1年間に学びました。
当時の監督、林先生には、「野球部以上に水泳部で頑張れ、半端な気持ちで水泳を始めるのならば退部は認めない」そう言われた時のこと今でも覚えています。
約5年の水泳生活を終えた今、この時の選択は間違っていなかったと思います。
もちろんだけど、監督林先生や、応援してくれた学校の先生、野球部の同期はこのブログを見ていない。
だけどこの場を借りて感謝したい。僕を強くしてくれてありがとうございます。
僕の大半の水泳人生を共にしてくれた兵庫県立大学水泳部の皆さん本当に、ありがとうございました。
あと、読んでくれた人ここまでお付き合いありがとうございます。次のブログで大学水泳の振り返りをするのでもう少しお付き合いください。
それでは。
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わた (日曜日, 14 8月 2022 20:45)
へーええブログ書くやん。おつかれさん!
のもと (火曜日, 16 8月 2022 00:10)
前編は堅めの文語表現で魅せ、後編は緩めの口語表現でアツい想いを直で表現する。恐ろしく上手い手法、僕でなきゃ見逃しちゃうね。
のもと@高辻単推し (火曜日, 16 8月 2022 00:17)
「野球時代があったからこその今がある」という話にとても感動しました。5年間芯を持ち続けて行動し、結果も残してきた高辻さんは本当にすごいです、尊敬しています。